僕は地震による被害は、天災ではなくて人災だと思っている。その昔、人類が自然と共生し、大地に寝ころんで暮らしていた時代は、それが、たとえ大地震だとしても、ただわさわさと地面が動くだけであった。「あっ、父ちゃん揺れてる。おもしれえ、ただで動いてくれるんだもん」「やっぱ、大陸からジパングに移動してよかったな」ってな具合で、かえって楽しかったのではなかろうか。しかしやがて文明が生産の物を吐き出すようになると、その創造物が多くの人間を殺す時代になった。
昭島市の新築一戸建て
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加須市の新築一戸建て
自動車が毎年世界中で人々を殺すその数は、いかなる殺人兵器にもまさり、あらゆる戦争の悲惨さを凌駕しているのである。原爆すらをもね。そして追討ちをかけるように地震である。地球が身をちょっと震わせただけのことで、神戸で見られたように、五千名以上もの人を押し殺し、焼き殺すのである。それでもである。建物が壊れなかったら人は死ななかった。彼らはニ十万戸をこえる全半壊の下敷きになり苦しみながら死んでいったのだ。だからこれは明らかに人災なのだ。そうはっきり認識して建物をこしらえていかなければ、これから先、また同じことが起こる。責任の所在を明らかにしなければ、ろくでもない同じ建物を作ってしまう。僕はそう睨んでいる。